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僕にできること...

 

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらない 冬の朝

 

 

空を 見上げて あなたを 想う

 


雨は 突然 降って来て

 


いつも 僕らは 試される

 

 

だから 人生は おもしろい

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ真っすぐに 同じ空を 見上げてる

 


どんな時も あなたらしく いて欲しい

 

 

僕も 僕らしく ありたいと想う

 

 

僕らには やらなきゃならないことがある

 

 

受け取ったバトンを しっかり握りしめて

 

 

何度転んでも けして手放さないと誓ったのだから...

 

 

だから 人生には 意味がある

 

 

 

 

 

 

 

遠い空を 真っすぐに見つめる

 

 

蒼空は 今日も変わらず そこにある

 

 

悲しみも 悔しさも 歯痒さも 怒りも

 

 

想いも 祈りも エールも 慈しみも

 

 

大声で叫びたい ぶつけようのない想いも

 

 

全部 音楽に込める

 

 

 

 

 

 

 

一点の曇りも 迷いもなく

 

 

ただひたすらに

 

 

そこにある 音だけを見つめて

 

 

 

今日も 楽器を弾き 曲を描く

 

 

 

音楽は いつも 美しい

 

 

 

僕は 僕らしく あろうと思う

 

 

 

きっと

 

 

 

あなたもも あなたらしく あるだろう

 

 

 

いつもと 同じ 

 

 

 

正々堂々と 優しい笑顔で...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲ひとつない 空を観ながら 

 

 

 

豪雨の中で ひとり立ちつくしている 

 

 

 

あなたを想う

 

 

 

 

どんなに 死にものぐるいで乗り越えても

 

 

 

乗り越えても 乗り越えても 

 

 

 

また 何度でも 雨は降るだろう

 

 

 

例えどんなに 真っすぐに よりよく生きていたとしても

 

 

 

また容赦なく 雨風は 叩き付けるだろう

 

 

 

傷つく痛みに 馴れることなど ないけれど

 

 

 

それでも また 立ち上がれ

 

 

 

立ち上がるたびに

 

 

 

人は 磨かれ

 

 

 

もっと強く もっと優しくなれる

 

 

 

倒れても また 何度でも 立ち上がればいい

 

 

 

正々堂々と 笑顔で 立ち上がればいい

 

 


立ち上がる度に どんどん 磨かれてゆく

 

 

 

絆は 強くなる

 

 

 

そして 

 

 

 

もっと もっと 

 

 

 

大きく 美しく ひかり輝く

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.12.3  江口 貴勅

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

 

 

 

歴史的な...

オバマ氏のスピーチ、本当に歴史的なスピーチだと思います。

夏のボーイズとNYSEとのコラボ実現の立役者でもある友人の坂之上さんのブログでも早速その事に触れていらっしゃいました。

残念ながら思うように時間が取れずまだこのスピーチを通して見ていませんが、同郷の村上龍さんのメルマガで最初にこの内容を知り、その中に書かれたそのオバマ氏の言葉に魂が震えるような感動を覚え、最後は頷きながらただただ涙がこぼれました。先日の村上春樹さんのスピーチ以来の感動と気持ちの高鳴り(よくぞ言ってくれた!!!)。

責任ある立場の人が、自分の想いを一人の人間として素直に言葉にできるというのは中々できないこと。その責任が大きければ大きい程、それは本当に大変な事であることでしょう。
その全てを覚悟の上で突き動かした彼の心の底からの願いと使命感が、これだけの多くの垣根を越えた感動を生むのだと思います。

何かが大きく変わろうとしている今、同時代に自分たちが存在する意味を感じる今日この頃です。


☆仕事で必死な中、つい感動のあまりブログを更新してしまいました。
それと皆様へのお礼を兼ねて。
クライアントさん、どうかお許しを。

先日のブログの反響の大きさに驚いています。
アクセス数も一日1000に届くかという勢い。
皆様から戴いたたくさんのメールやコメントに胸を熱くしながら、感動と勇気元気を戴き、それに支えられてひたすら頑張っています。
叶うならホントはお一人ずつにお便りしたいくらい(涙)

本当に本当にありがとう!!!!!!!

精魂込めて頑張ります!!!!!!!

ひとつ同じ空の下で...




年を越してもなお、心配な状況が続いていたパレスチナ情勢。

今日、フランスがエジプトと共同で提示した停戦案を、イスラエルとパレスチナ自治政府が受け入れたと声明発表があったらしい。


争いが起こる度に、いつも思い出すのは、湾岸戦争が始まったあの日のこと...

その日も病院の妹の見舞いから戻り、つけた自宅のテレビの画面に、衛生生中継として映った砂漠を進行するアメリカ軍の戦車の映像。

ついさっきまで病院で見てきた光景とのあまりのギャップに言葉をなくした。




今日をなんとか必死に生きたいと願う命があって

それを懸命に助けたいと 祈り願い闘う医師や家族がいて

その同じ時間の地球の裏側では

同じ 人間の作った殺人兵器が

多くの尊い命を奪う為に

いま砂煙を上げながら進行してゆく...


あぁ 神仏は いったいどんな想いで

この愚かな光景をみているのだろうか



悔しくて悔しくてやりきれなくて...
歯を食いしばりながら、あの日流した悔し涙。
誓った想いをけして忘れるわけにはいかない。


僕らを取り巻く世界の悲しい出来事に対して、僕らに出来る事はほんの微々たることしかないけれど、その微々たる願いや行動がいつかは大きな力になることを信じて、ひたすら自分のできることを日々の生活の中で行動して行きたい。

例え、大海に一石を投じるようなことであっても、
絶対に諦めるわけにはいかないんだ。


パレスチナに、そして世界に、一日も早い平安の日が訪れることを
心から願い、祈っている。

ここにしかないもの

一昨日から長崎に里帰りしてます。

久しぶりに長期休暇で里帰りした長男に向かって言った母のひとこと...

「大丈夫?仕事なくなっちゃったの?」

(ガクっ。。。)m(_ _)m

、、、マイっちゃうよなぁ、、、(-_^;)


でもそう言いながらも、とても喜んでいるみたい。


一日遅れの誕生日を家族のみんなが祝ってくれました。

思えば、18歳の誕生日を迎えた二ヶ月後に、独り先に旅立った妹の、
有に倍以上の年齢を生きてる事になります。


あの時、妹の遺影の前で誓った約束は、まだまだ遥か遠くにあるけれど、
昨日より今日、今日より明日と、一歩一歩、確実に夢に近づいてると思う。

それも、妹や家族、大切な人達、こんなにたくさんの仲間、ブログを見に来て下さる皆さんといつも一緒に。

日々感動し、みんなと共に、"そこ"へ向かう喜びを強く感じながら、どんなときも今が一番幸せだと思える。




長崎に18年、関東(千葉・東京)に18年。
そしてこれからの新しい18年へと歩みだしてのこの夏。

親友や近しい人達は、それぞれに人生の転機を迎え、
病気や仕事や人生の大きな壁と向き合い、それぞれに新しい挑戦を始めた。

不思議な事に時期を同じくして僕も、関わっているプロジェクトの全てが
同時にピタリと一段落した。

いつも慌ただしく仕事に励み、立ち止まる事なんて、
もう何年もなかったこと。


あぁ、これって神様のプレゼントなんだな!...ってすぐ解った。


特にこの18年というのは僕の想像を遥かに超えた年月で、良い事も悪い事も、まるでドラマの世界のような出来事が次から次へと巻き起こって、
そこから振り落とされないようにするだけで一生懸命だった。

ふと気がついたらあっという間に18年。
人生万事、塞翁が馬。
たくさん泣いて笑って本当に中身の濃い、あっと言う間の年月だった。
今あるそれを大切に、目の前の事をただ一生懸命にやって来ただけ。
それをみんなが助けてくれた。本当に僕は恵まれていると思う。

ここで迎えた節目の誕生日、このまま何となく前に進むのでなく、
ここで一端立ち止まり、しっかりと自分自身と向き合って、
心と体に新鮮な元気を満タンに充電して、次の人生へ踏み出しなさいと、
そう言われてる気がした。。


そうなんだ。


何年ぶりかに再会した友人達との時間も、ご飯食べながらの長話も、
新天地へと旅立つ親友の見送りも、このロングバケーションなしでは
けして在り得なかった。


休みを取ると決めてから、やっぱり幾つかまた仕事の依頼を頂いたけれど、いつもなら休み返上で優先させる仕事も、今回だけは泣く泣く全てお断りして、後ろ髪を引かれる思いの中、半ば強引に思い切った長い休みを取った。


でもね、どこかこういうの、大事な気がしてる。
自分の為にも家族の為にも。

こんなにゆったりとした時間の流れって、ホントにひさしぶり。
生まれ育ったこの家で、家族みんなで笑って食事するのも、ホントに久しぶり。

以前は、この当たり前の生活が、いつまでも当たり前にあるものだと、
どこか安易に考えていた。、、、妹のことがあるまでは。


ネットも繋がらず、何がある訳でもない田舎での時間。

ない事づくめのこの街の、世界中探してもどこにもない

"ここにしかないもの"、掛け替えのないものを、

ただただのんびりと贅沢に満喫してます。


僕にできること

四川省大地震。その被害の大きさに愕然とした。

何も出来ないのか...


...



"何もかも"はできなくても



きっと、"何か"はできる



その言葉が



すっと響き続ける



きっと、あるはず



いま自分にも"何か"できることが...













謹賀新年〜今年も益々こころ豊かに...

新年あけましておめでとうございます!(=^・^=)
本日1月7日は七草粥の日ですね。
友人からも七草粥の写真が届きました(ありがとう!)。
(と書いてるうちに日付が8日に...汗汗汗)

すっかり遅ればせではございますが、2007年最初のブログ更新デス。
本来なら皆さんお一人ずつ感謝の気持ちと新年のご挨拶をお伝えしたいところですが、なかなかそれも叶いませんので、このブログ上で恐縮ですが、新年のご挨拶に代えさせて下さい。

振り返れば泣いたり笑ったり、いろんな事があった変動の一年...
長年お世話になってきた方々との悲しい別れがありましたし、また同時にたくさんの出会いや再会もたくさんありました。
時々無茶してる割に、僕自身は有り難い事に大きな病気もなく、大切な家族や友人達と共に、健康で音楽溢れる幸せな毎日が送れ、そしてそのことを改めて深く感謝する一年でした。

それから昨年の出来事と言えば、このブログ『Genkidama』を始めこともありますよね。
故郷の友人達が呼んでくれたイベント(長崎eタウンズネット2周年記念イベント)の為に作った特設携帯専用ホームページ。
ここでの繋がりがきっかけで、このブログGenkidamaを開設しました。
それ以来いつも遠くから近くから、皆さんの優しく温かい元気印のメッセージをホントにたくさん頂きました。
筆無精な僕の、いつ更新されるとも分からないこのブログの日記を、毎日びっくりするくらいたくさんの方々が訪ねてきて下さる事、本当にいくら感謝しても感謝しきれません。
そんなたくさんの想いの詰まった元気玉のキャッチボールしながら、皆さんをそれまでよりもっと近くに感じる事ができたし、元気でいてくれるみんなの事を想いなが、自分はなんて幸せ者だろうと心からそう思いました。...御陰さまで、初心を忘れず日々音楽と向き合え、もっと素直に優しく強くなれた気がします。

...ありがとね!みんな。

そして新しい年を歩き出しながら、日々益々強く思うこと。

やっぱり音楽って凄い!

知れば知る程、近づけば近づく程に、益々その大きさと計り知れない力を実感してる。
今ね、今までにない、何かが動き出すような予感がしてるんです。
それが不思議な感じ...妙に冷静でしっかりとした落ち着きがありながらも、何かとてつもなく楽しいことが起こるようなワクワク感っていうのかな...何かに似てるなぁと思ってたら、そうそう!一昨年の船の演奏旅行(豪華客船日本丸)の最終日に見た、太平洋に朝日が昇るあの瞬間のようなあの感じ!

夜通しで荒れ狂った嵐はやっと通り過ぎ、嘘のように静まりかえった太平洋の真ん中。
真っ暗だった空と海が、次第にうっすらと穏やかなその姿を現し始めたころ、僕は一緒に演奏させて頂いた薩摩琵琶奏者の友吉鶴心さん(後の師匠)と、船の甲板に出て、最後の日の出を待ちながら、琵琶のこと音楽の事、たくさんの話をしました。
(そこで僕は、弟子入りを志願しました。)
最後の日の出を今か今かと待っていた僕らの視線の先...遠く水平線の彼方から突然、海を割るように真っ直ぐに伸びて来たオレンジ色の光の道。
(これがその写真)



奇麗でしょう!!!
ゆっくりと穏やかに何かが始まる予感に満ちあふれてて...

僕の好きな言葉の一つに『いつも太陽を見ていれば影は目に入らない』という(たしかヘレン・ケラーさんが言った)言葉がありますが、 これもまさにそんな感じがします。

この時の写真と同じように、遥か彼方にある(でもしっかりと見える)その未来へ、今まで通りこのまま素直に真っ直ぐに進めばいいんだと思う。

やりたいことはまだまだたくさんあり過ぎるくらいあるけど、今年もみんなと"共に"、夢を真っ直ぐに見つめ、一つ一つに素直に向き合いながら、さらに優しくさらに強く、こころ豊かに堂々と歩いて行こうと思います。

今年も皆さんと、共に夢を語り、共にワクワクしながら、期待と感動に包まれたハッピーな一年を創っていきましょう...

あれ。。。正月早々暑苦しい!?
まぁ、いいじゃないですか〜っ、正月なんだしぃぃ(o^-')b
何から何まで相も変わらずな僕だけど、今年もまた一年あけおめことよろってことで!

この一年、どうか皆さんが一人残らず、まず第一に健康で、そして思いやりと優しさ溢れるこころ豊かな素敵な毎日を送られますように...m(_ _)m


☆絵本の紹介を待っているみんな、ごめん!!!
また時間切れデス(-_^;)
今度こそ、大好きな絵本『あなたはたいせつなおくりもの』のご紹介を〜〜〜〜ぉぉぉ!ヾ(;´▽`A 

全ての想いがひとつになるとき

今日は、友人から来たある嬉しいニュースのお話を...

一昨年の夏、母校(西大村中学)吹奏楽部の創立20周年記念にゲストとして声を掛けて頂き、現役生徒さんやOBの皆さんと一緒に、数曲演奏する機会を得ました。

その時目にした、生徒達だけで行ったマーチング演奏(演技)。
その一糸乱れぬ美しい隊列と迫力ある演奏、今でもはっきりと覚えています。

今年、その西大村中学校吹奏楽部がマーチング大会に出場し、各地区予選を次々に勝ち抜きついに全国大会へ初出場したという嬉しい知らせが入りました。そして先日送られてきた友人からのメールには、なんとその全国大会で、初出場にして金賞受賞の文字が!!!

「凄い、みんな凄いよ!...よく頑張ったね!!!(感激)」

努力は必ず報われる...心からそう思いました。
全ての想いがひとつになるとき、不可能を可能にする限りなく大きな奇跡の力となる。
栄冠の裏側に隠された、血の滲むような努力を想い、ただただ大きな拍手をおくりたい。

嬉しいニュースに感動しながら、いつしか僕は、自分の学生時代(トランペットを吹いていた中学高校時代)の事を思い出していました.....

高校三年の夏、悲願の金賞を目指し、先輩達から受け継いだ想いのバトンを持って挑んだ最後のコンクールでの演奏。その会場の客席で聞いた結果発表。

次々と読み上げられる他校の成績。
そして審査員が、いよいよ自分たちの高校の名前を読み上げた。

胸の高鳴りは最高潮に、、、みなが祈る...あぁ神様!

「○○番、大村高校吹奏楽部......」

「きん...」

そう聞こえたその瞬間、会場割れんばかりの歓声にかき消され、僕は、言葉にならない大きな叫び声をあげながら、その場に泣き崩れた。
涙でグシャグシャになりながら後輩達と抱き合った...。
その後は感動で良く覚えていなけど、最後に賞状を受け取る当時の部長(親友)の凛とした姿だけが記録に残っている。

金賞、そして県代表として九州大会に出場する権利を手に入れた。
それまでの3年間の苦しみも悲しみも、先輩達と流した無念の涙も、全て報われた気がした。
嬉しさであれ程までに嗚咽したのは、生まれて初めての経験。

そして幾日か過ぎ、我校吹奏楽部は県代表として九州大会に出場したものの、結局その先の全国大会、東京、普門館への出場権を手にする事は出来なかった。

その大会に、僕は重度のスランプに陥ったまま出場してしまった。
高い音域が出なくなってしまった自分の代わりに、必死で頑張ってくれた仲間達。
自分も、切れた唇をマウスピース(トランペットの吹口)に押し付けて、文字通り血を滲ませて必死に必死に吹いたけれど...

頑張った。でもダメだった。
上には上がいた。
レベルの差は歴然だった。

後輩達がプレゼントしてくれた、引退する僕らへの合奏を最後に、僕はトランペットと指揮棒を置いた。泣きながら指揮棒を振ったのは、後にも先にもあれが最後。

そして僕は、東京へと向かった。

トランペットを吹き続けた6年間の中で、どんなに頑張っても越えられない壁の高きを思い知った。そして同時に、みんなで一つのものを創り上げることの感動と、音楽の持つ人智を越えた底知れぬ魅力を、心に刻み込んだ。
ここで終わらせたくない。終わらせる訳にはいかない。
きっとあの壁の向こうには、自分の想像を遥かに超えた広大で煌めくような音楽の世界がある。
嬉しさに泣き崩れたあの感動が、或はそれを越えるもっと大きな感動が待っているかも知れない。
どうせやるのなら、とことん、その本物の世界を見てみたい。

せめて一瞬でもいいから、僕も、その世界を垣間みたい。

仲間と共に最高のものを目指し、祈るような気持ちで大切に集めた想いの結晶を音にして、期待と泣きたくなるくらいの感動に心震わせる日々をおくりたい。

中学のある時期、人前では音楽どころか自由に感情を表す事すら許されない環境の中で、その日一日を生き抜く事だけで精一杯だった。
それが、新しい土地で、新しい友人や当たり前の事を当たり前にできる環境に巡り会った時、僕はそこを天国だと思った。
笑ってもいいんだ!...人前で歌ってもいいんだ!楽器を演奏したりしてもいいんだ...と。

これまで辛い事や悲しいこともいろいろあったし、これからだっていろんなことがあると思う。でもいつも音楽(そして家族や仲間)がいつも傍にいた。
それまで出会った事のないたくさんのワクワク感と、心の底から震える程の感動と最高のうれし泣きに、何度も何度も出会って来れた。
だから何があろうと、僕は明日が待ち遠しくて仕方がないし、いつも今が一番幸せだと感じる。

あれからトランペットを吹く事はなくなったけれど、僕は幸運なことに、今もこうして音楽と共に生きている。

夢はまだ遥か遠くにあるけれど、これから先も、あの時の感動と同じくらい多くの感動に巡り会いながら、生きて行きたい.....

その向こうに待つ音楽へ向かって真っ直ぐに。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



<後記>

先月開催しましたメーザーハウス音楽学院での作曲&アレンジセミナーの記事が、同校HPにて紹介されました。




もしかしたら携帯からだと見れないかも知れません...涙
携帯でご覧になってる方の為に写真を添付...って無断じゃマズいですよね、さすがに。。。携帯の方m(_ _)mゴメン

こんなに元気の出るメッセージを添えてくれた学生の皆さん、ありがとう!
最後まで真剣に聞いてくれた皆さん、たくさんの応援メッセージを送ってくれた皆さん、そして改めて全ての関係者の皆様に心から感謝!
また近いうちに、お会いできる日を楽しみにしています。

前回のセミナーからちょうど一ヶ月経ってしまったんですね...スミマセンm(_ _)m
たくさんの方々から、応援&更新催促(生きてますか?)メッセージをたくさんたくさん頂戴しながら、今月末にしてやっと初の更新になってしまいました。
その時間が割けなかったということもありますが、正直、最近のニュースや身の回りの出来事に対して、感じる事や言いたい事があまりにも多過ぎて、心の痛みを簡単には言葉にできずにいたことも確かです。
それでも毎日見に来てくれたり、メッセージを送って下さったみなさん、そして、どんなときも僕に限りない喜びと感動を与えてくれる音楽...本当にありがとう。僕は幸せものです。

次の更新は必ず近日中に!

さぁ、もう街はすっかりクリスマスシーズン一色となってきましたね。
一年の中で、こんなにも心温かく優しい気持ちになれる季節は他にないかも知れません。
普段言えなかった大切な人へのありがとうの気持ちも、不思議と、素直にさり気なく伝えられる...そんな気がします。

次回は、僕が最近出会った素敵な絵本のお話から...
そして、ニューリリース情報も!
どうぞお楽しみにっ(^_-)〜☆





★★年目の母苦難の日

故郷の知人さん、書き込みありがとうございました!
そうなんです。私、江口貴勅、先日8月28日で、無事○回目の誕生日を迎えることができました。
メッセージを送って下さった皆さん、優しさと暖かい励ましのお言葉、本当にありがとうございました。最近は年齢的にそうそう喜んでばかりもいられなくなりました...なんて書くと先輩たちに叱られそうですが(苦笑)やはり、いくつになってもウレシいものです。
またたくさんの元気玉を頂きました。
今年もこうして健康で、大好きな音楽や大切なたくさんの仲間や家族と共に、この歳を迎えることができました。それもこれもマイペースでトロい自分に愛想つかすこと無く、いつも我慢強く暖かく支えて下さったみなさんのおかげです。

☆僕は毎年誕生日になると、以前校長先生が祝辞で送って下さった素敵な言葉を思い出します。

「誕生日は母苦難の日」

遥か○年前のこの日、母にとって大変な苦難の日であったこと。
命がけで自分をで生んでくれた母。
御陰様で今日も元気でやってるよ。

...ありがとう!





おたくさ

皆さんお元気ですか?
昨日、大村のパパたんさんからブログにコメントを頂いきました。
(ありがとうございました!)
その時、文中にあった『紫陽花』の文字。

あじさいかぁ...。

かのシーボルトは日本(長崎)で初めて見た美しい紫陽花の花に、愛する妻"滝(おたきさん)=おたくさ"の名前を付けて、ヨーロッパに紹介したという逸話があります。
(その紫陽花をかたどったた長崎銘菓『おたくさ』のCMが懐かしい。東京住まいの僕は、もう何年も目にしてないけど、いまも放送されてるのかなぁ?)
一方、紫陽花の花言葉は『移り気』『浮気』だそうです。
そのリトマス試験紙みたいな一面は確かにあるとは思いますが、随分といろんな捉え方があるものですね(笑)

じゃあ僕はというと、ちょっと複雑。
やっぱり僕だけの紫陽花の花言葉というか、連想させるイメージがあるんです。

それはひとことで言うと『絆』なのかな。

実は、昔(西大村)中学生時代に、"社会を明るくする運動"という弁論大会に出場した事があります。
当時文集にもなりましたが、確かその時の題名がまさに『あじさい』だったと思います。
子供の頃、丁度今と同じあじさいの咲く季節に、妹が難病で入院したことがありました。その時の事を書いた作文です。

その時、日本中に住む親戚一同がみんなで駆けつけてくれて、僕達家族を励ましてくれたこと。
そして中でも従姉(いとこ)の姉に至っては、わざわざ千葉から勤めていた会社を辞めてまで駆けつけてくれて、(妹の看病の為に)病院に泊まりっきりの両親の変わりに、随分長い間、僕達兄弟の母親変わりをしてくれたこと。

あるとき僕は、姉が家事をしていた時に訪ねました。

『姉ちゃんはさぁ、なんでこんなにまで僕らのことをしてくれるの?』

すると姉が一言

『昔ね、貴勅のお母さんが、姉ちゃん達兄弟の母親変わりをしてくれたから...』と。

そして、姉が幼くして母親を亡くした事、そしてその時、両親が姉兄弟の面倒を見ていたという事実を知りました。

それが10歳だった僕の、紫陽花の花と結びついた一生忘れられない記憶。
(長崎大水害が起こったあの年の事でした。)

命の尊さとか、人と人の結びつきとか、人が生きる上で何が一番大事なのかとか、僕はその時に初めて気が付いた気がします。

それから今日までいろんな事がありましたが、どんな時も僕が僕らしく在れたのは、あの時の経験があったから。

僕は紫陽花を見る度、未だにその時の記憶と、困難を乗り越えようとする家族の絆の深さ強さを思い出します。


紫陽花は例え環境の変化に翻弄され、一見その色在り様が変わったとしても、紫陽花はいつも紫陽花であることに変わりなく、不思議と次の年もまたその次の年もそこに咲き続ける。


変わりゆくもの。
変わらないもの。
終わりあるもの。
終わらないもの。


紫陽花を見ると、辛い記憶や切なさもあるけれど、同時に希望でもあり、優しさと強さを感じます。だから、やっぱり紫陽花が好き。


あれれ?...桜の時も同じようなこと言ってたような気が...。。。
な〜んだ、花ならなんでもいいのか〜!...ってそうじゃござ〜せん。
九州男児が花なんて〜!(ウソです)
やっぱり、奇麗かもんは心が和むとですたいっ(笑)

花と言えば、故郷の大村市には、サクラやアジサイ、ショウブにツツジにサツキ、フジの花などなど...いつもたくさん季節折々の花が咲いていて、それぞれが人の暮らしに深く結びついています。(あぁまた花祭りに行きたくなってきた。)

僕もそんな、誰かの人生と共に生き続けるられるような、素敵な音楽を作り続けて行きたいな...